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福岡地方裁判所 昭和48年(む)980号 決定

被告人 菅原強

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立ての趣旨および理由は、検察官提出の「準抗告及び裁判の執行停止申立書」記載のとおりであるから、これを引用する。

二、本件勾留関係

被告人に対し、昭和四七年七月三〇日、逮捕、強盗(ただし、起訴の段階で恐喝に変更)、傷害、建造物侵入、威力業務妨害の五個の罪名で勾留請求があり、同日右五個の罪名のもとに勾留状が発付され、同年八月八日、福岡地方裁判所に起訴ののち右各罪は、逮捕、恐喝、傷害被告事件(いわゆる西南学院大学内ゲバ事件)と建造物侵入、威力業務妨害被告事件(同じく授業妨害事件)に弁論を分離され、それぞれ同裁判所第二刑事部の単独体と合議体とで審判されることとなつたものの、いずれも冒頭手続が終了しないまま第一回公判期日前の勾留裁判官により右分離された逮捕、恐喝、傷害と建造物侵入、威力業務妨害とにわけて別個の裁判により勾留更新がそれぞれ九回なされた。そして昭和四八年五月三〇日逮捕、恐喝、傷害につき被告人および弁護人から保釈請求があり、同年六月二〇日、保釈却下決定がされ、同年五月三一日建造物侵入、威力業務妨害につき弁護人から勾留取消請求があり、同年六月二〇日、勾留(継続)の必要性がないとして勾留取消しの裁判がなされた。

以上は記録上明らかである。

三、本件勾留関係において建造物侵入、威力業務妨害につき勾留を取り消すことは許されないとの主張について

さて、勾留または勾留の継続は事件単位ごとに裁判所が勾留(または勾留の継続)の要件(理由、必要性)の有無を判断し、右要件をみたす場合、その事件の罪名を記載して勾留状を発付し、または勾留更新決定をなすものであるが、実務上、数個の事件について、一つの勾留請求があれば、便宜上一通の勾留状を発付しており、事実上一個の勾留があることになるが、それは勾留の客体が一個であるからであつて、かかる場合に数個の罪名のもとになされた勾留は、その事件単位ごとに勾留が観念上競合していると解すべきである。

したがつて本件のような場合に、建造物侵入、威力業務妨害について勾留取消請求があり裁判官がこれにつき勾留の要件の有意を判断し勾留の要件をみたさないと判断した場合、別事件(本件では分離後、他の裁判所に係属した逮捕、恐喝、傷害被告事件)につき勾留の要件をみたして勾留されており、身柄が一つで結局身柄の釈放が事実上ありえないからといつて、漫然と勾留取消請求却下の裁判をなすべきではなく、当然、勾留の要件をみたさない事件につき勾留取消しの裁判をすべきである。もとより事件単位といつても社会的事実を同じく、もしくは異にする別事件につき併合審理されている以上、相互の関連を無視することができないことはいうまでもない。しかし、被告人の勾留は当該裁判所への出頭確保(および刑の執行確保)を目的とするものであるから、他の裁判所に係属する別事件をも考慮したうえで、当該裁判所の事件につき勾留の要件の有無を判断することは困難であり、またすべきことでもないのであつて、本件のように当該事件と別事件がたまたま同裁判所の同一部の合議体と単独体で審判されるようになつた場合においてもその理を異にするものではない。まして本件では単独体で審判されている別事件と本件の被告事件とでは社会的事実をも異にするから別事件を考慮することは不当であることが明らかである。したがつて、本件勾留関係において建造物侵入、威力業務妨害につき勾留を取り消すことは、なんら法律上これを許されないとする理由はないから、この点についての検察官の主張は採用できない。

四、勾留の理由および必要性について

一件記録および関係資料によれば本件(建造物侵入、威力業務妨害)については、警察官によつて作成された捜査報告書や本件犯行の目撃者である大学職員の供述調書が作成されていることが認められ、しかも、これらの作成者および供述者の立場を考えれば、被告人の釈放により、その供述を変えたりすることは予想できず、しかも相当期間勾留されている現在においても被告人は黙秘していて、その供述が今後得られるとは期待できない。これら諸般の事実を考えあわせれば、本件勾留取消しの裁判時においてはもはや、本件について被告人には罪証隠滅のおそれはなかつたといわねばならない。つぎに検察官は、被告人が逮捕されるまで逃亡生活をしていたから現在までの逃亡のおそれは継続していると主張するが、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるときでも勾留は公訴提起の日から三か月をこえて継続することはできない(刑事訴訟法六〇条三項ただし書参照)こと、本件勾留が既に一一か月にわたつていることなどにかんがみかつ、被告人の実母において被告人の身柄を引き受ける旨誓約している事情などを考慮すれば本件においてはすでに逃亡のおそれがあるとして勾留を継続することは当を得ないものといわざるをえないから結局検察官の右主張も採用することができない。

五、以上により、原裁判官が本件につき勾留の必要性がないとして勾留取消しの裁判をしたのは結論において相当であり、本件準抗告は理由がないから刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。

(準抗告及び裁判の執行停止申立書略)

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